俺が音楽をやる理由

何故俺はxxをやるのか、とは誰もが一度は考えるだろう疑問だが、俺はたまたま音楽だった。別に俺が今音楽をやめても世の中は困らないだろう。好きでピアノ弾いてるだけで、たまたま継続していたってだけだと思っていた。最近までは。

中学生の時、それまで嫌々やらされて、ついに一度はやめてしまったピアノを好きになった。ショパンを知ったからだ。その頃にはすでに先生に習っていたわけではなかったので、弾けもしないのに楽譜を買って見よう見まねでショパンを練習した。世の中にはこんなに素敵な音楽があるんだよって友達に教えてあげたかったからだ。もしかしたらこの辺が俺の原点になっているのかもしれない。

音楽には少なくとも2種類存在していると思う。芸術としての音楽と、エンターテイメントとしての音楽だ。前者は割と内向的で、自己完結するパターンが多いし、世の中の大半の音楽はこちらに含まれるように見える。後者は非音楽家向けの要素をより多く含んでいると見える点で興味がある。俺の演奏を聞きたいと言ってくれる人には楽しんでもらいたいと思うからだ。見せつける音楽ほど悲しい物は無い。余談だが、俺がBGMに多少の関心があるのもこの点だ。BGMというのは俺が出会った音楽のジャンルの中で唯一作曲された瞬間から音楽以外での用途を想定されている所で、すでに世の中に還元するために存在している。

ここ2,3年、自主演奏会をほとんどやらずに来た。自主演奏会と言うからには目的が音楽に設定されている。その時点で既に自己完結しているように見えたんだ。他人を巻き込むだけ尚更たちが悪い。その代わり、そんなに機会は多くは無かったけれど、目的が音楽以外に設定されている催し物は喜んで手伝った。地元でやったクリスマスコンサートはよかった。俺はキリスト教では無いけれど、見に来た人が喜んでもらえたという点で催し物自体は成功だと思うし、その一端に参加できた事もうれしい。それでもたまに、たまぁに聞かれたんだ。演奏会やらないの?って。

最近になって演奏会に呼ばれることが増えてきて、今月は2度、演奏会の機会があり、演奏内容は俺の采配に委ねられる事になった。さて、自主演奏会になる訳なのだが、今回はいかに楽しんでもらうか、この一点に絞ってあれこれ考えた。自分が楽しむのは二の次でいい。セッション形式はつまらないと思った。俺がだらだらセッション見ていてもおもしろくないと感じるからだ。これは俺の偏見が強いかもしれない。なるべくバリエーションを考えて、見てて楽しい曲で選曲し、セッション形式にならないようにアレンジを考え、譜面を書いた。よくもあんなめんどくさい曲をやってくれたメンバーに感謝だ。その甲斐あってか無くてか気のせいか、見に来てくれた人には楽しんでもらえたようだ。実は今回の演奏会で初めてMCをやった。これも演奏だけ見せつける演奏会は最低だと思ったからだ。流暢なMCとはほど遠かったけれど、結果的には正解だと思った。1ヶ月も前からなにしゃべろうか考えながらニヤニヤしてたんだよ。

今回の演奏会で改めて実感したけど、演奏会はなるべく音楽に携わっていない人に聞いてもらいたい。日常的にとりわけ音楽を聞いているわけではないし、ましてやジャズなんてよくわからないという人にこそ聞いてほしい。そしてその場を楽しんでほしい。烏滸がましいけれど、また明日からがんばろうって感じてもらえたらうれしい。それが俺の世の中に対する還元になるんだ。

そんなに多くは無いけれど、俺の演奏を楽しみにしてくれている人がいる限り俺は音楽を続ける。だから、俺はホームパーティ規模だろうが、定期的に演奏会をする義務があると思う。だからもし、たまにふと思い出して、久しぶりに演奏が聞きたくなったら、是非遊びに来てください。それが俺の音楽をやる理由だから。


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Last-modified: 2005-05-27 (金) 02:51:57 (5871d)